三瀧山不動院について



三瀧山不動院
〒980-0021
仙台市青葉区中央二丁目5-7
(クリスロード商店街)
TEL022-221-3056
FAX022-227-7715
三瀧山不動院の由来

 当寺は、大日大聖不動明王をご本尊様(当寺では三瀧山不動尊という)を勧請し奉る真言宗智山派(総本山智積院・京都市東山区)に属する加持祈祷の専門寺院であります。
 当寺の沿革は定かではありませんが、郷土資料研究所によると、慶応元年(1865)加藤タケ尼律師が眼病平癒を祈り三・七・二十一日の祈願をこめたその満願の前日お不動さまに供える水を汲みに出て、はからずも拾い上げたのは四寸ばかりの不動尊であった。おおいに喜び床の間にご安置申し上げていたところ突然に神がかり状態になり、種々の事を口走るようになり信徒の人々が大いに驚き種々これに訊ねてみるとそれが皆的中するので尊信大いに得るに至ると記してると記してあり開山の縁起であります。


不動院内の様子はこちらから

 現在は、仙台市の商業の中心地(青葉区中央二丁目・旧新伝馬町)に鎮座して、商売繁盛・家内安全をご祈願する加持祈祷専門(下部に解説有り)の寺院です。
住職 加藤隆弘
三瀧山不動院のご本尊
不動明王
 不動明王は、大日如来のお使いとして仏法の守護にあたる仏さまです。信じるものを保護し悪魔を降伏させる役目を目をもっており、眼は怒らし両牙を咬んで片眼をひらき、右手には剣を左手には索を持ち大火焔を背負っていられます。どのような強敵怨賊もたちどころに追い払い信じる者を守って下さる仏さまであります。酉年生まれの守り本尊であり、眼の守護仏でもあります。
 当寺のご本尊は、木像御丈二尺八寸、東二番丁の住人・中川兵衛仏師が安生三年(1857年)の作とされています。この兵衛師は当時日本でも有名な仏師で十三代慶邦公が農民の像を命によって記したのも中川兵衛師であります。
脇仏  矜迦羅童子・制吁迦童子


密教の特色とは
一般の仏教(顕教)では創造も付かないような長い時間を費やして、生まれ変わり死に変わり(輪廻)しながら仏になる、又は死後、仏の世界(浄土)に生まれて成仏すると説いています。それに対して密教では、衆生(凡夫)は誰でも仏性を持っているのだから大日如来の絶対の慈悲が加えられれば、現世において、その身のままで仏となる(即身成仏)と説きます。つまり、煩悩を持った衆生(凡夫)が、しかし、自分の本来の仏性を自覚することによって知恵を得、そのまま聖なる仏であるというのが密教の考え方であります。
 もちろん自身の仏性を覚知して仏になるためには、当然、信心を持ち正しい修行をすることが必要となることは、言うまでもありません。


寺宝
本神輿(三基)
加持祈祷とは
 加持(かじ)とは、仏が衆生を守り、また教化するために仏から加護する力が加えられることをいい、仏の加持力によって衆生のさまざまな願いを実現祈ることから祈祷を含めて加持祈祷と言います。
 密教では、弘法大師の『即身成仏義』に、「仏の影、衆生の心水に現ずるを『加』といい、行者の心水よく仏日を感ずるを『持』と名づく」とあるように、仏の大慈悲が衆生に加わり、衆生が信心によって仏の力をしっかりと受け止める仏心と衆生の信心とが表裏一体となった境地といえます。そして仏の加護を実現する手立てが、三密行(三密加持)という修行なのです。

 三密加持とは、手に印契を結び(身密)、口に真言を唱え(口密)、心に本尊を念じて(意密)全身全霊で祈ることをいいます。また、供物・香水・念珠などを清めるための作法も加持によって行います。
 加持祈祷は現世利益だといって低くいう風評もありますが、それは浅畧理解といわねばなりません。加持力による祈祷は、現世において大非心から「苦を抜き楽を与え、利益をはかるもの」であり、それと同時に低いレベルの願いを満たして衆生の信頼を得、次第に人々の心をより高い仏道の段階へ導きあげていく巧みな密教の方便でもあるのです。